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| 平成18年10月24日(火) | 於、熊谷寺 | ||
| 為、宗祖圓光和順大師大遠忌 開山法力房蓮生法師八〇〇年遠忌 無官大夫平敦盛卿空顔璘荘大居士遠忌 檀信徒並有縁無縁天災地変殉難横死 三界万霊有縁無縁一切諸精霊回向 主催 浄土宗埼玉教区 担当 浄土宗埼玉教区第四組 協力 浄土宗埼玉教区檀信徒会 浄土宗埼玉教区教化団 浄土宗総本山知恩院布教教務部 埼玉教区浄土宗寺庭婦人会 埼玉教区浄土宗青年会 熊谷寺 久山寺 蓮昭寺 教区内各寺院檀信徒の皆さま |
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| 式 次 第 | |||
| 12:20から13:00 | 受 付 | 13:00以降は入山不可 | |
| 12:35頃 |
御詠歌、御和讃の稽古 |
(指導) 圓心寺寺庭 石田秀子 様 東源寺寺庭 押野見綾子 様 |
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| 開式の辞 |
浄土宗埼玉教区教化副団長 西念寺 齊藤隆雄上人 |
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| 挨 拶 |
浄土宗埼玉教区教区長 浄国寺 川端清光上人 |
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| 蓮生山熊谷寺 漆間和美 | |||
| 埼玉教区檀信徒会会長 安藤森吉様 | |||
| 浄土宗総本山知恩院 吉水裕光上人 | |||
| 大本山増上寺執事 圓心寺 石田祐寛上人 | |||
| 13:20 |
御法話 |
金戒光明寺布教師会会長 石川県金沢市覚源寺住職 谷崎隆光上人 |
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| 14:00 | 休 憩 | ||
| 14:30 | 入 堂 | ||
| 14:20 | 法然上人ご分身御入堂 | ||
| 熊谷蓮生法師八〇〇年遠忌法要(開山忌法要) | |||
| 法然上人御巡錫・お念佛のつどい法要 | |||
| 退 堂 | |||
| 15:30 | 阿弥陀如来結縁戒壇廻り | ||
| 随 時 | 蓮生法師関係パネル展示 | ||
| 16:00 | 法然上人ご分身御退堂 | ||
| 熊谷直実は、武州熊谷郷に生まれ、武士としてその前半生を過ごしました。源頼朝らに仕え、陣幕の拝領も受け、一騎当千の名を馳せた剛の者でしたが、一の谷の合戦で心ならずも無官太夫平敦盛卿を討ち、世の果敢なさを感じ、法然上人のもとを訪れ、法力房蓮生と名を改めて、念仏行者としての道を歩み始めたのです。 有縁無縁の衆生とともに浄土の蓮の台に生まれんと上品上生の願を立てた蓮生は、誕生寺をはじめ、数多くの寺院建立を手掛け、ここ坂東武蔵野の地にはじめて念仏の教えをひろめ坂東阿弥陀ほとけと称されました。 昨今、日本人は武士道の精神を思い起こすべきであるなどという論調が流行っていますが、武士とはそんなに美しいものでしょうか。強きを挫き、弱きを助ける、主君のためなら命をも投げ出す、そんな風にもて映やされていますが、実際の武士は違います。所領安堵のため、地位・名誉のため、戦さでは多くの敵兵を薙ぎ倒し、ときには親兄弟までをもその手に掛け、多くの命を摘み取るのが武士なのです。 熊谷直実もこのひとりでしたが、彼は武士としての道を突き進むことを選ばず、有縁無縁の衆生と共に蓮の上に生まれる道を選び、法然上人の門をたたいたのです。今のわれわれは、出世のためには他人をも陥れたり、われ先にと自分勝手な振る舞いをしたりしてはいないでしょうか。競争主義の現代社会では致し方ないことなのかもしれませんが、今、あらためて自分を振り省ってみる必要があるのではないでしょうか。 『一の谷嫩軍記』「熊谷陣屋」の段の最終幕、僧形で去っていく姿、直実が最後に選んだ道は、騎馬に乗る剛々しい鎧姿の武士ではなく、墨染めの衣をまとった念仏行者であったということを、みなさんの心に強く刻んでおいていただきたいのです。 |
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