2006年04月06日

●本尊

(原文)
抑此の尊像は熊谷氏先祖より伝来する所にして、霊験無双なりしかば、 次郎大夫直貞夫婦一七日丹誠をこらし祈りしに瑞夢を感じ太郎直正、次郎直実生む、されば直実は京都より帰り、 居城の中に草庵を結び専修念仏の本尊と仰、或時、我上品上生を願ふ、此の願若成就せば、先瑞相を現し給えと、願ければ本尊光を放ち、 命終の日限を告給しか、是より証拠の阿弥陀と名のり奉る也。
永正三年のころ、同郷平戸村の浄安という道心者有、兼ねて霊験無双なるを聞、我本尊とせはやと窃に盗み去りしに、終夜この宿を出ること不能、 曙になりしかは詮方田中氏の家の縁先に捨去りぬ。この後、浄安来て右の由懺悔し本堂に籠もりける。又天正十年頃も、 西求坊という僧が本尊を盗まんとしたが、大盤石の如くなりしと云々。この外奇瑞あまたなりしかは秘仏となしたる也。
信敬拝念の輩は、七難即滅、七福即出の利益を蒙り、又女人難産の愁いなく、子孫繁栄の霊験いちじるしき所なり。
 
「浄土宗蓮生山熊谷寺開創縁起」より抜粋(江戸 文化十四年頃)

  
 
(解説)
  恵心僧都源信作と伝えられ、御丈三尺、伝によればこの尊像は熊谷家先祖より伝わるものであり、 直定夫妻が十七日間祈り太郎直正、次郎直実を授かった。蓮生が京都より持ち帰り、常修念仏の本尊とし、上品上生を願ったところ、 本尊より光が放たれ、命終の日限を告げ給わったことから証拠の阿弥陀仏と名づけた。

 永正三年のころ、平戸村の浄安という僧が霊験あらたかなるを聞き、本尊を自坊に盗み去ろうとしたが、 終夜休まず歩いても熊谷の宿を出ることができず、やむなく田中氏の縁先に捨て置いた。のち田中氏より熊谷寺に戻され、 浄安は懺悔して本堂に籠もった。又天正年間、西求坊という僧が本尊を盗もうとしたが、大盤石の如く動かなかったと伝えられている

 この本尊を信敬し、拝念する者は、七難即滅、七福即出の利を受け、又女人の安産、子孫繁栄の霊験著しいものである。(* 写真は前立本尊)

 

   
  
★七難とは七種の災難。「仁王経」「薬師経」「陀羅尼経」「法華経普門品」等にあり。「観音経」では火難、 水難、風難、刀杖難(殺傷される)、悪鬼難(悪魔や鬼による)、枷鎖難(身体等の自由を奪われる)、怨賊難(憎しみや恨みを受ける)とある。 又は種々の欠点、災難をさす。★七福とは「七難即滅」と対。七難が滅することによって、得られる七種の幸福。「山家の伝教大師は、 国土人民をあわれみて、七難消滅の誦文に、南無阿弥陀仏をとなうべし」とある。七福神に発展する。
★七難(仏)七種の災難。「仁王経」「薬師経」「陀羅尼経」「法華経普門品」等にあり。「観音経」では火難・水難・風難・刀杖難 (他人に殺傷される)・悪鬼難(悪魔や鬼にひきおこされる災難)・枷鎖難(身体等の自由を奪われる)・怨賊難(憎しみや恨みを受ける)  「読む佛 196」又は種々の欠点、災難をさす。
★七福(仏)「七難即滅」と対。七難が滅することによって、得られる七種の幸福。
(仏)「山屋の伝教大師は、国土人民をあわれみて、七難消滅の誦文に、南無阿弥陀仏をとなうべし」
(仏)澡浴がもたらす七種の功徳。健康のもと。
○備わるとしわわせといわれる七種。律気、有福、威光、愛嬌、大量、人望、寿命。
★文化十四年(1817)