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2006年04月07日

●保元元年(1156) 「保元の乱、義朝に従う」

 直実19歳のとき、鳥羽法皇の崩御を機に、皇位継承争いが起こった。これに摂関家相続問題が絡み、上皇と天皇、 藤原家がそれぞれ武士団を従えて、保元の乱が勃発した。


 直実は源義朝に従い、多くの坂東武士とともに後白河天皇のもとに馳せ参じた。 勝つためには手段を選ばぬ骨肉相はむ源平の親子兄弟別かれての戦いは予想以上に厳しいものとなった。結果は、 後白河天皇方の勝利に終わったが、これより貴族社会から武家社会へと時は傾き、戦乱の世となっていった。源平の葛藤、戦乱によって、 いずれかが勝者となり敗者となる悲劇は、下級武士のみならず、一般庶民にいたるまで生じ始めたのである。