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2006年04月07日

●任安2年(1167) 「平知盛に臣従する」

 都への憧れと、叔父久下直光へ機嫌がとれると喜んで引き受けた直実であったが、華やかな平家の武士に比べ、 大番役の武士たちは自ら用意した所持金で生活をまかなっていたため、日々の食料も十分ではなかった。また、人と人との関係も、 地位や財力がないと冷ややかであり、久下直光の代人である故に下人扱いされ、 都での生活も熊谷の生活と同じく甘いものではなかった

「新中納言知盛卿ニ属シ、多年ヲ送リヲワンヌ」(『吾妻鏡』)

 賞金目当てで参加した力くらべの相撲に参加した直実は、日頃、荒川の大石を相手に鍛えた腕力で、次から次へと10続けて投げ飛ばし、 その賞金を得たのである。これを見て、気品ある15、6の若い武士が直実に声をかけ、仕官を誘った。清盛の第4子平知盛であった。