●治承4年(1180)9月 「石橋山の合戦 」
治承四年秋、前右兵衛佐頼朝が石橋山で旗揚げしたが、
相模の大庭三郎景親率いる三千余騎に攻め落とされた。このとき直実は大庭の催促によってやむなく頼朝の陣に弓を引いたが、
頼朝が土肥の椙山に難を逃れ、安房、上総にいたり、勢力を回復して武蔵国豊島原に陣をしき、関東の武士たちが源氏の応じた折、
直実も頼朝の陣に参加した。
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治承四年秋、前右兵衛佐頼朝が石橋山で旗揚げしたが、
相模の大庭三郎景親率いる三千余騎に攻め落とされた。このとき直実は大庭の催促によってやむなく頼朝の陣に弓を引いたが、
頼朝が土肥の椙山に難を逃れ、安房、上総にいたり、勢力を回復して武蔵国豊島原に陣をしき、関東の武士たちが源氏の応じた折、
直実も頼朝の陣に参加した。