●元久2年(1205)6月 「宇都宮頼綱へ念仏の教えを説く」
熊谷に落ち着いた蓮生は、六月中旬、道すがら下野国領主宇都宮三郎頼綱に出会っている。
剛の者と世に名を知らしめた直実の変わり様を尋ねる頼綱に対し、蓮生は次のように答えた。
「いにしえの鎧にまさる紙衣 かぜの射る矢もとふらざりけり」蓮生
この言葉は、日頃の争いから歌の世界に逃れようとするが、
逃れられず政争の渦の濁流に身を任せざるを得ないでいる頼綱の心を痛く揺すぶった。
二ヶ月ほどの後、頼綱は剃髪し、名を宇都宮実信房蓮生(れんしょう)とした。