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2006年04月07日

●承元元年(1207)9月 「熊谷予告往生」

 建永元年秋、蓮生は村岡の辻に高札を立て「明年二月八日に往生すべき仏勅を給わった。疑うものは来たり見るべし」と往生を予告した。 しかし、翌年二月八日には往生ならず、九月四日と定めた

 九月一日朝より蓮生は沐浴し、袈裟を着け、上人より授かった画をかけ、端座合掌した。 念仏の声が高くなると、息が絶え、口より光明を放ち、紫雲が軒にたなびき、音楽が聞こえ、四方に芳香が流れた。六日、 棺に入れるとき、再び芳香、音楽の奇瑞があり、紫雲が西より来たり草庵の上にとどまること一とき、やがて西を指して去って行った。

(『蓮生法師一代絵伝』)