2004年11月15日

●「法要の手引き2 49日(満中陰)法要」

 亡くなった日から49日の間、故人はわれわれのこの世界に居るでもなく、 阿弥陀さまのおつくりになった浄土の世界へ往生しているのでもないはっきりしない状態にいます。これを称して、陰の中にいる、 すなわち中陰といいます。一般的には、49日間経過して、浄土へ往生するということから、この中陰が満了したという意味で、 49日法要のことを満中陰法要とも呼んでいます。

 ですが、浄土宗においてはその依り所とする3経(『無量寿経』、『観無量寿経』、『阿弥陀経』)において、即得往生を説いています。 故人が亡くなられてすぐに、つまり通夜式の際に阿弥陀さまが来迎され、葬儀式の後、荼毘にふした煙とともに浄土へ昇っていき往生するのです。 沢山の仏さまたちがいらっしゃるように浄土も沢山あります。このうち、阿弥陀さまがつくられた西方浄土を選ぶなら、 南無阿弥陀仏と阿弥陀さまにお願いするなら、死してなお閻魔大王をはじめとする7日ごとの裁判など受けることなどなく、 即座に浄土へ往生できるというわけです。


 われわれが引っ越しをしたりした場合を考えてみて下さい。すぐに今までの生活には戻れないことでしょう。後片付けや近所へのご挨拶、 その他いろいろとしなければならないことがありますよね。それと同じように、 浄土の世界へ引っ越してもすぐに慣れるということはないでしょう。時間が掛かります。すぐさま浄土へ往生はしているものの、 阿弥陀さまの蓮のつぼみの中であたためられ、それから光が放たれ花が開くように浄土での本格的な生活が始まるのです。その意味では、 満中陰というよりは放光忌、若しくは放光会と呼んだほうが良いのですが、一般的には満中陰と呼ぶ場合が多いようです。
 また、われわれにとってもかけがえのない人を亡くした深い悲しみはもっともなことですが、いつまでもそれを引きずっていてはいけません。 新たな生活を始めなければならないのです。その区切りとするべく49日法要というものがあるのだとお考え下さい。 
 
 満中陰法要の際には、お位牌(黒位牌)のお開眼も一緒に行いますので忘れずにお持ちください。また、ご本尊前の供花、 故人のための供物などもご準備ください。お塔婆につきましては、 事前にお申し込みいただければ当寺にて一基7千円にて準備させていただきます。
 
 
 故人が完全に浄土で生活をし始め、阿弥陀さまやその他多くの菩薩さまたちと一緒に暮らし始める大切な日ですので、その感謝や、 これからお願いしますといった思いを込めて法要にのぞまれ、お念仏をお称えくださるようお願いいたします。

2004年11月14日

●「法要の手引き1 通夜・葬儀式」

 ご家族がお亡くなりになりましたら、先づ菩提寺へご連絡下さい。他のお檀家さまの葬儀や法要、 その他の行事などの予定が入っている場合がありますので、菩提寺の予定をご確認していただくためです。

 葬儀社との打ち合わせ等で日時が決定されましたら、再度菩提寺へ連絡のうえ、ご来寺くださるようお願いいたします。 お戒名などを授与するにあたって、故人の性格や趣味、信条等をお伺いする必要がありますので、 ご家族のかたいずれかが必ずご来寺されるようお願いいたします。
 
 
 当寺院では、通夜式にあたっては浄土三部経のひとつ『阿弥陀経』の前巻「極楽段」を読経いたします。 浄土三部経とは浄土宗のよりどころとなる3つの経典で前述の『阿弥陀経』の他に、『無量寿経(大経)』、『観無量寿経(観経)』 の2つがあります。

 通夜式で読経いたします『阿弥陀経』の前巻「極楽段」ならびに、葬儀式で読経いたします『阿弥陀経』の後巻「六方段」は、 故人がこれから行かれる浄土の世界の様相を、つまり阿弥陀さまがおつくりになった西方浄土の世界はどういう世界なのかを、 お釈迦さまが弟子たちに説いた話を文字として遺されたものです。
 
 
 前巻では、空には様々な鳥たちが飛びかい、雅やかな鳴き声で奏でており、地面は金銀の砂で覆われ、 池には車輪のような大きな蓮の華が青白黄赤にひかり輝き、建物は金銀瑠璃玻璃などの様々な宝石で造られていて、 まばゆいばかりのすばらしい世界である、と述べられています。勘違いされてはいけないのですが、これだけを聞くと、 成金趣味のこれ見よがしな毒々しい世界なのかとも考えてしまうかもしれませんが、 現実世界での表現をとったためこのような言い方になっただけなのです。とにかく、すばらしい世界であるということを述べているのです。

 後巻は六方段、若しくは護念経とも呼ばれており、東南西北の四方と上下の二方を合わせ、六方、 すなわちあらゆるところに多くの仏さまたちが住んでいるということを述べています。その仏さまたちの数はガンジス河の砂の粒の数ほどで、 広さは三千世界の彼方まであるとも述べられています。
 
 
 つまり、浄土の世界とは仏さまの清らかな慈悲の光が満ちあふれ、美しい花が咲き匂っているところなのです。 私たちだれでも心に持っている金欲、物欲、名誉欲など様々な俗世の欲望をきれいに捨て去った世界なのです。いがみあいやそしりなどがなく、 みんながお互いに助けあって平和に健やかに暮らしていける世界、これが浄土の世界なのです。

2004年10月20日

●「位牌と開眼」

●位牌
 ご位牌は49日までに仮位牌(白木の位牌)から本位牌(黒い位牌もしくは繰出し方式の板位牌)に作り替えます。 黒位牌のご依頼は各家で仏具店等にお願いして下さい。
 
 
 
●開眼
 49日法要の際に、お位牌の開眼をいたします。法要の当日にお持ち下さい。また、本位牌の作成が間に合わない場合や、 事前に開眼をご希望の場合は、ご連絡いただければその都度対処させていただきます。

2004年03月01日

●「仏壇の祀り方」

 ご仏壇は一家の心のよりどころです。ご仏壇がきれいに正しくお祀りされている家には必ず、栄えがあります。
 ご仏壇は常にきれいに心がけ少なくとも朝と、晩には家族揃って、み仏に合掌し、ご挨拶する習慣を養いましょう。 ご本尊様の下悲のお心に感謝し朝には今日一日健康で楽しく励むことが出来るようみ仏の加護を念じ、 夕べにはお陰様で尊い一日をともかく無事に有意義に過ごすことができたことを御礼申し上げ一日を静かに反省することです。 こうして一家のよりどころであるご仏壇が正しくお祀りされてこそ迷いのない明るく、平和で幸福な家庭が築けます。
 
 われわれの生活の中で、無造作に当たり前と考えている事柄は、実に多くの自然の恵みや人々の恩恵を受けて生きてきています。 このことを仏教では因縁を説いています。われわれは、多くのご先祖さまや、大自然の力によって、この世に生を受け生かされているのです。 それゆえ仏さま、ご先祖さまの恩に感謝することが尊敬であり、お仏壇の崇拝にも信仰の第一歩となるのです。
 
 安置の仕方としましては、中央奥の壇に阿弥陀様の像(若しくは阿弥陀様の絵図軸物等)を、右に観音菩薩像、左に勢至菩薩像を侍します。 更に右と左の各々には善導大師像、法然上人像をお祀りします。 両菩薩像並びに両祖師像につきましてはスペースの都合上省略してしまうこともやむを得ないでしょう。
 中壇には先祖代々のご位牌、各故人のご位牌を安置します。基本は右を古く左を新しいものとします。 通常は中央に先祖代々のご位牌を安置しておき、各故人のご位牌は祥月命日の日には中央に安置します。また、ご位牌が多数ある場合は、 繰り出し位牌にまとめるか、若しくは各家の過去帳をご位牌の代わりに掲げるのがよろしいかと思います。
 前壇には三具足若しくは五具足を配置します。三具足とは、香炉・花立て・燭台(蝋燭立て)の三つセットのことで、 五具足とは更に花立てと燭台を一つずつ加えたセットのことです。更に鈴を配置することを忘れないようにしましょう。 鈴の醸し出す音色はざわついた心を落ち着かせ、真摯に阿弥陀様と故人に向き合う気持ちにしてくれるはずです。
 
 給仕の仕方ですが、地域によって多少の違いはありますが、基本は毎日お茶とご飯を供え、お線香を灯します。また、 花は造花ではなく生花を供え、枯れた花がそのままということのないよう注意して下さい。
 
 日々の仏さま、ご先祖さまへの回向の仕方、お仏壇を置く場所など詳しいことは、当寺院へお聞き下さい。

2003年11月13日

●「命日まいり」と「祥月命日まいり」

●命日まいり
 仏教の世界では、故人の亡くなった毎月のその日を命日と呼んでいます。忌日とも言い、亡き人の魂を想い起こし、故人に感謝する日です。 この日はお墓(お寺)まいりをして、故人の好物をなどをあげ、それなりの供養をするとよいとされています。 感謝の心を何らかの形であらわすのがよろしいかと思います。
 
 ご供養の仕方としましては、
 
一、仏壇に、生前の好物をあげる。
二、季節のものをあげる。
三、供花をあげ、仏壇を清める。
四、お経をあげる。
浄土宗のお経はお檀家さんとお寺僧侶との区別はありません。詳しくは、当ホームページの日常勤行講座をご覧になるか、 若しくは当寺院までお問い合わせ下さい。
五、お線香をあげ、合掌する。念仏を唱える。
六、お墓(お寺)まいりをする。 
 などがあげられます。
 こうした供養の心が、まわりまわってわれわれに功徳としてかえってくるものなのです。
 
●祥月命日まいり
 一年のうち、故人の亡くなられた同月同日を祥月命日といいます。一年に一回のことだけに、 この日にはそれなりの供養をする家も多いようです。3、4年ごとに訪れる年回忌行事にあたる年に法要を行うのはもちろんのことですが、 それ以外の年に法要を行うことも間違いではありません。都合のつかない場合でも、お墓まいりだけは行っておきたいものです。

2003年10月03日

●「秋彼岸まいり」

 春の彼岸は、彼岸花の咲く頃に訪れ、ご先祖さまを敬い偲ぶ日とされているため、実践供養としてお墓(お寺)まいりをします。
 お彼岸の意味は、此岸(迷いの世界)から、悟りの世界であり涅槃の彼岸へ行くことですので、 ご先祖さまが無事に渡るのを供養するのが目的です。そのためにわれわれ子孫が彼岸まいりをすることはそれなりの意義があることなのです。
 
 お彼岸についての詳細は、「法話もどきのひとりごと」のメニューをご覧下さい。

2003年08月09日

●「春彼岸まいり」

 春の彼岸は、彼岸花の咲く頃に訪れ、ご先祖さまを敬い偲ぶ日とされているため、実践供養としてお墓(お寺)まいりをします。
 お彼岸の意味は、此岸(迷いの世界)から、悟りの世界であり涅槃の彼岸へ行くことですので、 ご先祖さまが無事に渡るのを供養するのが目的です。そのためにわれわれ子孫が彼岸まいりをすることはそれなりの意義があることなのです。
 
 お彼岸についての詳細は、「法話もどきのひとりごと」のメニューをご覧下さい。

2003年07月15日

●「お盆まいり」

 お盆とは、ご先祖さまが一年に一度、われわれの家に帰ってくる日であり、お墓(お寺)へ迎えに行ったり、 迎え火を焚いて迎えるのが慣わしです。
 やむを得ずおまいりできまい場合は、後日心をこめておまいりしたいものです。忙しい日々を送っているわれわれだけに、 このときだけは心をゆったりと落ち着けて、浄土からお帰りになるご先祖さまと過ごしたいものです。
 
 お盆お施餓鬼についての詳細は「浄土宗学」のメニューをご覧下さい。

2003年06月09日

●「新年(年賀)まいり」

 年の始めにお寺まいりをしたり、仏壇や墓前に向かって、前年までの感謝と新たな誓いをすることはわれわれの善行の始まりと言えます。 このような行為が自分の身を清め、心を清める供養心の始まりとなるのです。
 地方によっては、年末にお墓(お寺)まいりをして、来る年の幸せを祈るといった場合のありますが、 お墓(お寺)はわれわれのご先祖さまの住まいであるわけですから、新年にも新たな気持ちでお参りに行きたいものです。
 
 初詣といいますと神社などが想像されますが、われわれ自分自信にもっとも身近なご先祖さまに誓いを祈ること、 つまりお墓やご仏壇に手を合わせることこそ意義深い初詣と私は考えます。信仰の自由など多々の事情もあるかとは思いますが、 見守ってくださるご先祖さまもさぞお喜びになると思うのです。

2003年05月01日

●「お墓まいり」

 お墓はわれわれのご先祖さまの住まいであり、いずれはわれわれの帰るところとなります。 お墓を守ることとはわれわれの帰るところを大切にしていることになるわけです。それ故に、 子孫として供養心をもっておまいりすることは当然のことと言えるのではないでしょうか。
 お墓まいりは、正月、春、秋の彼岸、盆といった決まった行事のときや、ご先祖さまの命日などに限らず、 喜びごとや念願がかなったときのその嬉しい報告のためなど、自分なりに供養を思いついたときにも行いたいものです。