1998年03月04日

●「思いやりの心」

 街中で、何か困っている人がいるとします。そんなときあなたならどうしますか?
 
 なんか心理テストのような書き出しになってしまいましたが、通常は”手助けをする”、若しくは”知らんぷりをする”のどちらかですよね。 どちらがいいのかと言われれば、前者の方がいいと言う人が多いはずです。でもここで問題なのは、その行動の起因が”手助けをする”ではなく、 ”助けてあげる”ということなのです。
 ”†してあげる”というのは、場合によってはあくまで相手より自分の方が優れているという前提に立っていての行動であったり、または、 普通はする必要がないのに”わざわざ†する”という意味が含まれていることが大半かと思います。つまり、この行動の後ろには、 見返りを求めているのです。”†してあげた”から今度は”†してもらう”という期待や、逆に”†してもらった”から”†してあげる” という義務が生じているのです。
 
 以上のように、 人に対しての行為には常に期待義務がついてまわるものなのです。 この期待や義務があるからこそ、意に反した結果が出たときに、”せっかく†してあげたのに”などという気持ちが生じるのです。
 
 思いやりの心、相手の立場に立っての言動を実践することは大切なことです。私はこう思うのです。実践の後にあれこれと考えない、 期待や義務に付随する後悔や虚しさを意識しないでの実践を勧めます。
 思いやりの心をもつこと、ただ思いやりの心のみをもつこと、これが大切なことなのではなのでしょうか。