1998年04月14日

●「ちょっとしたこと」

 お彼岸も終わり、ようやくちょっとひと休みです。そのようなわけで、このひとり言のコーナーも久しぶりの更新です。
で、お彼岸で気づいたことですが、いいえ、お盆のときや年中気になっていることですが、墓地のゴミに関しての事です。
 
うちの墓地のゴミの量は半端な量ではないのです。管理費を領収していますので、墓参のゴミは当然片づけますが、どこの誰が持ってきたのか、 なべやフライパンなどどう考えても家庭のゴミとしか思えない物まで捨てられてしまう始末です。ホント、困ったものです。
 また、私がゴチャゴチャになったゴミの袋を開けて分別しているそばから、道端に投げ捨てている方もいらっしゃるようです。 法事のときとまるで別人にような態度にあきれてしまう事もあります。もっとも、 まさか法事でお経をあげている人間が墓地でゴミ掃除をしているなんて普通は思いませんから仕方ないのでしょうけれど・・・。
 
 最近はゴミ分別も厳しくなっておりますので、できましたら分別してゴミ置き場へおいて欲しいものです。垣根の陰に隠すように置いたり、 他人の墓地との隙間に押し込んだりはもってのほかです。きちんと分別して置いておく、自分のことだけでなく他の人たちのことも考えること、 お墓参りをしたらこうしてこそ本当の御供養と言えるのではないでしょうか。
 
 
 ところで、墓地で出たゴミは持ち帰るな、とか火葬場への行き帰りは違う道を通れ、 などという話をみなさんはお聞きになったことがお有りでしょうか。
どこどこの誰が言ったなどというはっきりしたことはわかりませんが、いや、 はっきりとご存じの方に私はいまのところ出会ったことがありません。ただ、私は次のように考えるのですが、どうでしょうか。
 
 人間の霊には、誰しも良い霊と悪い霊の2つがあり、良い霊とは念仏を称え、ただひたすら極楽浄土への往生を願い、一方悪い霊は世俗に穢れ、 未練を残し成仏できないでいる。良い霊は問題ないのですが、悪い霊は隙あらばこの世に残ることをねらっているため、 行き帰りに同じ道を2度も通るとその道を覚えてしまい、この世への未練ゆえに後をついてきて成仏できない状態になってしまう。 道がわからなければ、良い霊の所に戻り、一緒に成仏するしかない、となるわけです。
 
 いずれにしても、迷信の域を出ないものですからそれほど気にする必要はないと思いますが、心掛けとして、 常にご先祖さまのことを考えている、という点では素晴らしいことであると思います。