●「『南無阿弥陀仏』とは?」
浄土宗では、通夜式、葬儀式、初七日、四十九日、1周忌、三回忌・・・、お彼岸、お盆、お施餓鬼など供養する際に、「南無阿弥陀仏」
と称えます。この「南無阿弥陀仏」というお念仏にどういう意味があるのかということについてお話させていただきます。
通夜式の際にお話させていただくこととほぼ同じ内容のことですが、いま一度おつきあい下さい。
「南無阿弥陀仏」について
「南無阿弥陀仏」とは、その文字通りに見ますと、「阿弥陀さまに南無する」ということです。それでは、「南無する」 とはどういうことなのでしょうか?辞書等をみますと、「南無」とは「帰依する、心の拠り所とする」といった意味があります。つまり、 阿弥陀さまを頼りにする、ということなのです。
ところで、いったい何について阿弥陀さまを頼るのでしょうか?何をお願いするのでしょうか? 阿弥陀さまのお造りになった西方極楽浄土の世界に、故人が往生できるように、 そしてそこで健やかに暮らしていくことができるようお願いするのです。往生という言葉を考えますと、よく「立ち往生」 などという言葉を思い浮かべ、困ってしまうなどのあまり喜ばしくない場面で使われますが、本来は、「往」 という字には往復という言葉のように「行く」という意味があります。西方極楽浄土の世界に行って、そこに生まれる、暮らしていく、 という意味なのです。ある有名な法師の言葉に、「人は死して、消えて無くなるわけではない、浄土に生まれ変わるだけのことなのだ」 とあります。われわれの目の前から存在が消え、記憶までも無くなってしまうわけではない。生活している場所が変わっただけ、 いわば遠くへ引越しただけなのだ、ということなのです。
こういった思いを込めて、四十九日頃までは「阿弥陀さま、故人を浄土の世界へ導いていただきありがとうございます。」と、
年回忌には「故人は浄土の世界で健やかに暮らしていますか?何か困っていたりしたら、助けてあげてください。
私たちも元気に過ごしております。心配しないようにお伝え下さい。」といった思いを込め、「南無阿弥陀仏」
とお念仏されるようお願いいたします。
西方極楽浄土とは
浄土宗のよりどころとなっている三つのお経として「無量寿経」「観無量寿経」そして「阿弥陀経」があります。このうち、 当寺で専ら通夜式と葬儀式にて読経させていただいています「阿弥陀経」こそが、 阿弥陀さまがおつくりになった西方浄土の世界はどういう世界なのか、ということが述べられているお経です。
この経典は前後巻の二巻で構成されています。前巻では、空には様々な鳥たちが飛びかい、雅やかな鳴き声で奏でており、 地面は金銀の砂で覆われ、池には車輪のような大きな蓮の華が青白黄赤にひかり輝き、建物は金銀瑠璃玻璃などの様々な宝石で造られていて、 まばゆいばかりのすばらしい世界である、と述べられています。勘違いされてはいけないのですが、これだけを聞くと、 成金趣味のこれ見よがしな毒々しい世界なのかとも考えてしまうかもしれませんが、 現実世界での表現をとったためこのような言い方になっただけなのです。とにかく、すばらしい世界であるということを述べているのです。
後巻は六方段、若しくは護念経とも呼ばれており、東南西北の四方と上下の二方を合わせ、六方、 すなわちあらゆるところに多くの仏さまたちが住んでいて、その仏さまたちが皆、この浄土は素晴らしい世界であると述べています。 その仏さまたちの数はガンジス河の砂の粒の数ほどで、広さは三千世界の彼方まであるとも述べられています。
つまり、浄土の世界とは仏さまの清らかな慈悲の光が満ちあふれ、美しい花が咲き匂っているところなのです。
私たちだれでも心に持っている金欲、物欲、名誉欲など様々な俗世の欲望をきれいに捨て去った世界なのです。いがみあいやそしりなどがなく、
みんながお互いに助けあって平和に健やかに暮らしていける世界、これが浄土の世界なのです。