2004年07月29日

●「経営と夢」

 今、スポーツ新聞ではプロ野球の話題がよく見受けられます。と言っても、試合云々のことではなく、合併や1リーグ化の話です。

 
 経営者の考えからすると、合併や1リーグ化はやむを得ないことと思われます。球団そのものが消滅してしまうよりはマシですし、 企業の赤字が解消されればそれで経営者としては二重丸なのです。が、ファンや選手の立場から見ると状況は正反対です。球団数が減少すれば、 選手の働き口は少なくなるのは避けられませんし、ファンとしても今まで敵チームだった球団を応援するようになることは複雑な気持ちです。 どうしたものでしょうか?

 
 こういった話と相まって、30億円という加盟料が必要となる規約が間違いだなどという意見もでてきました。この規約は、 そもそも昭和50年前後に西鉄ライオンズ→太平洋クラブライオンズ→クラウンライターライオンズ→西武ライオンズとめまぐるしく球団経営が変わっていったのを避けるため、 つまりすぐに球団を手放さないようにとの足枷の意味で作られたものだそうです。経営者がめまぐるしく替わり、 ファンの野球離れを抑制するためとのことです。
 ですが、どうでしょう?プロ野球ファンは離れてしまったでしょうか?私は、 球団が変わり来年はどんなチームになるのだろうかと大いに興味を持って観ていたのを覚えています。 阪急ブレーブスがオリックスブルーウェイブに、南海ホークスがダイエーホークスに替わったときも、ワクワクしたのを覚えています。

 
 ここはひとつ、近鉄球団は例のIT企業に売却して、ライブドアネットワークズなんて新球団を作るのも大いに興味深いと思うわけです。 「僕の知らない人が入れるわけないじゃないか」などと子供の遊びグループの番長みたいなことは言わないで、入れてあげたらどうでしょうか? そして、そのようにやってみて駄目であったなら、そのときは、「僕の言ったとおりだろう」と言って、 自分の思う通りに進めてみたらよいのではないでしょうか。
 
 「たかが選手」という発言にも問題があります。経営者たちは、そのたかが選手によって儲けさせてもらっているのですから。 経営者としての考えは十分わかりますが、プロ野球は人々に夢を与えるスポーツであると今でも考えているのでしたら、 前述のようなチャレンジをしてみてもいいのではないでしょうか。

2004年07月27日

●「東京都教職員退職者旅行クラブの皆さま参詣す」

 7月27日、東京都教職員退職者旅行クラブのみなさまが当寺院へ参詣のため、ご来寺されました。一行は、東京より出発し、 学問の神様として地元では有名な滑川町の文殊堂を参詣されたあと、当寺院へご来寺されました。本堂にて、 住職の話を聞いたり蓮生法師御自削像や当寺什物などを見学されました。この後、三ヶ尻の竜泉寺や深谷城址などを参詣・ 見学される予定とのことでした。連日のように35度近くの暑い日でしたが、 当寺御本尊をご参詣いただいた皆さまにご記憶に一片でも残るものがあるならば、当寺院としましても嬉しい限りです。

 どうぞ、ご健康にお気をつけていつまでもご活躍下さるよう願っております。

2004年07月26日

●「別時念仏会 三高院にて」

 去る7月21日、浄土宗埼玉教区第4組の別時念仏会並びに暑気払いが行われました。
 浄土宗僧侶とその寺族の方々約30名ほど集まり、夕方より深谷市三高院さんの御本堂にて約600遍のお念仏をお唱えしました。 三高院さんのご紹介につきましては、「蓮生法師ゆかりの寺院」のコーナーをご覧いただければと思います。

 別時念仏会の後には深谷グランドホテルにて50名ほどの皆さまが集まり、暑気払いを行いました。これは、 これから暑い夏に向けて各寺院ともお盆お施餓鬼等で忙しくなるため、鋭気を養っていきましょうという懇親会です。催し物には、 深谷東源寺さんの寺庭婦人によるプロも顔負けの大マジックショーや、同じく東源寺御住職息子さんの小ネタによる前説などなど、 日々の寺務の忙しを忘れ楽しいひと時を過ごさせて頂きました。


 今回、別時念仏会のために本堂をご提供頂いた三高院の御住職さま、 並びに暑気払い会場の手配や案内等をご担当いただいた西雲寺副御住職さまには、お忙しい中ご尽力いただき誠にありがとうございました。

2004年07月21日

●「三高院」

 三高院は,深谷城主だった松平源七郎康直の菩提寺である。

 松平源七郎康直は徳川家康の関東入国後の、初代深谷城主であり、18松平のうち長沢松平の出で、その母は家康の妹である。 徳川家康の甥にあたる康直は,家康の江戸入りの後,豊臣秀吉の北条攻め(岩槻城攻め)のときの功績により, 深谷城主となり1万石を家康から与えられた。しかし,2年後の文禄2年(1593),康直は25歳で若くしてこの世を去った。
 墓は本堂横にある宝篋印塔が彼の墓であり、「三高院文書」と共に深谷市の文化財に指定されている。

 本尊阿弥陀如来は、康直の息女、連姫(長寿院)が、寄進したものであり、連姫は父の死後、 家康の養女となり化粧料7千石を授かり筑後國の有馬玄蕃頭豊氏に嫁いだ。また、康直の母、矢田姫は家康の妹であったが、 長沢松平家が断絶するのを憂い、家康の七男松千代に深谷城を継がせたが、8歳で没したため、 家康の六男忠輝が10代目として相続しました。
このように、長沢松平家と徳川家とは深い関係をもっていたのである。
 
 
 三高院の創建は、文禄3(1594)年頃であり、徳川家康の妹矢田姫の嫡子松平源七郎康直を開基とし、 広蓮社天誉立光上人を開山としている。三高院縁起(文書)によれば、1700年頃に堂宇を焼失、 第9世覚蓮社成誉円我上人の代にて再建するも、寛政年間に再度焼失したとされている。長らく古家を買い求め仮堂としていたが、文久2 (1863)年、第25世念蓮社得誉覚龍上人の代に、檀家の人々はもちろんのこと、中山道を往来する旅人、また寺社奉行の許しを得たうえで、 御府内の武家方や十か国の人々たちの喜捨により再建された。
 その後、幾多の改修・移設等を経て、現在の本堂及び庫裡は第29世愍誉晃俊上人の代にて再建・落慶されたものである。
『三高院縁起』より抜粋

●「金魚すくい」

 熊谷うちわ祭りの中日にあたる7月21日、当寺住職の兼務します箱田蓮昭寺念仏堂境内にて、 毎年恒例となっております箱田神明町自治会主催の「金魚すくい」が催されました。
 
  暑い中を多数のお子さんたちが集まり、ひとりで20匹以上もすくいあげる子もいれば、 どうしても取れずにバケツですくってしまうお子さんもおり、にぎやかに楽しく過ごされました。 私どものほうで用意させていただいたおもちゃやぬいぐるみ類もすべて配布し尽くしたようで、少なからずも協力できたこと嬉しく思います。
 

 せっかくの金魚すくいに境内の清掃が行き届かず、雑草も生えたままで申し訳なく思っておりますが、 今後ともよろしくお願い致します。

 また、来夏からは、ラジオ体操の会場が同境内になるということですので、 子供たちの元気な声がよりいっそう響くことになると思います。

 

 

2004年07月12日

●「冷静な判断」

 参議院選挙が終わりました。皆さんは投票に行きましたか。私は終了直前に投票しました。
 
 翌日の新聞には、「自民敗北、民主大躍進」との見出しが大きく踊っていましたが、果たしてどうでしょうか? 自民党は改選前から1つ議席を減らしただけ、敗北とは言えないのではないでしょうか。また、「民主党大躍進、自民党の政策に国民はNO」 というのも言い過ぎで、前回の共産党の議席を食っただけであり、とくに大躍進というほどでもないと想うのです。数から見ればそうですので、 反対意見もあるでしょうが。
 

 昨秋の衆議院選、あるテレビ局系列の番組によく出演したり、 ある新聞系列のコラムによく掲載される京都の方の大学のある客員教授はこう言っていました。「小泉政権は崩れる、自民党は大敗する」と。で、 結果は民主党の躍進はあったものの、自民党は安定多数を得た。ここまでは予想がはずれたというよくある話ですが、この教授は後日の新聞で、 「自民党は死に体である」と語り、「自分のゼミ生の事前調査通り、自民党政権は終わった」とまで述べている始末。自分の予想は当たった、 といっているんです。なにをトチ狂ってしまったらこんな発言が出るのでしょうか。100人中100人が「この予想は外れだ」 と間違いなく言うような結果であるのに・・・。
 自分の評論家としての地位を守るため、冷静な判断ができないのでしょうか。
 
 この教授、懲りもせず今回も同じようなこと言うんでしょうね。その論法に無理があるのは至極当然のこと。あきれてしまいます。 最近の評論家やマスコミは、先ず批判ありきです。こういう態度も必要なことですが、限度というものがあります。よりセンセーショナルに伝え、 読者や視聴者を引きつけるため、その見出しと内容が大きく食い違うこともしばしば。たとえ間違っていたとしても、訂正や謝罪はなく、 「一石を投じたのだ」という。
 
 
 何か、間違った方向に進んでいきはしないか心配しているのは私だけでしょうか。

2004年07月10日

●「多くの一枚起請文」

 『一枚起請文』、浄土宗僧侶でこれを知らない者はいないはずです。また、浄土宗信徒、すなわちお檀家さんであれば、 これを知らない人はいないほど大切な一文です。もし、ご存じないとすれば、それはお檀家さんの責任ではなく、 われわれ寺の人間の日頃の怠惰さが原因なのです。このことは誠にもって恥ずかしいことであり、反省し、改めなければならないことです。

 
 さて、この「一枚起請文」は言うまでもなく、浄土宗開祖の法然上人が亡くなる2日前に弟子の源智上人に請われて記したものです。 有名であるが故に、この文体を真似して多くの『一枚起請文』が記されています。例えば、茶道で有名な千利休の『茶の湯一枚起請文』、 伝尊朝親王による『飲酒の一枚起請文』、さらに哲学者井上円了氏の『哲学の一枚起請文』、孤立大我による『渡世の一枚起請文』 などがあります。このことからも、いかにこの『一枚起請文』が名文として世間に流布され、敬われていたかを知ることができます。内容は、 参考までに以下に掲載しておきますのでご一読下さい。
 
 『茶の湯一枚起請文』においては、千利休は茶の湯とはただ茶を沸かして飲むことであると述べています。 あれこれ理屈をつけずにただただ茶を沸かして飲むことであると述べています。「飲酒の一枚起請文』では、 憂さ晴らしや何かのために酒を飲むのではなく、ただ飲みたいから飲むのであると述べています。

 茶道と飲酒と浄土宗とで対象は異なりますが、ただ南無阿弥陀仏と唱えることという浄土宗の精神と合致するものがあります。

 
 このように、法然上人の単純明確な理論は他の多くのものに影響を与えてきました。われわれ現代人も、 あれこれ理由をつけて謝罪したりせずに、間違ったときは素直にすぐに謝る、 また嬉しいときや悲しいときは格好をつけてそれを押し殺さずに喜んだり悲しんだりするのが良いのです。 蓮生法師の単純明確な生き方を学ぶべきではないでしょうか。
 

2004年07月09日

●「フラッシュ導入」

 今回、トップページにフラッシュを導入しました。「予告往生」、「念仏質入れ」、「上品上生の発願」、「東行逆さ馬」 などの奇譚の文字が流れ、「武州熊谷郷」との地名が跳び、「蓮生山熊谷寺」の名前がズズッとせり出してくる、 そんなフラッシュムービーですが、動作は重いでしょうか?
 
 以前、10年ほど前にこのホームページを立ち上げたとき、当寺のマスコットのレンセーくんが走り回るGIFアニメーションを使用したとき、 どこのどなたかわかりませんが、掲示板にて「重い」とか、「見てもらうためにはもっと工夫しないと」などとのご意見が書き込まれ、 またそれに対して、「そんなに重くないよ、あんたのPC環境のせいじゃないの」などという反論意見も書き込まれ、 侃々諤々したときがありました。
 
 若かりし当時の私は「ムカッ」ときて、「表示が遅くてご不満な方はこちらへ」との文字のみの別メニューまで作ったりしました。あー、 恥ずかしい。当時、2400で接続していたわたしのペンティアム100のPCでストレス無かったのですから、問題ないと思うのですが・・・。
 
 
 で、今回のフラッシュはどうでしょうか?当方の回線環境はADSL40M(といっても実質7Mほどです)ですので、微妙なところです。 ご意見ご要望等、お寄せ下さい。もう、若くない私ですので、当時のように「ムカッ」とはしません。ご安心して、 何なりと掲示板にご記入下さい。

●「ブログ」

アイドルもすなるブログといふものを、素人もしてみんとてするなり。
 
 
 最近巷で流行っているブログ。これについて今回は述べてみましょう。
 ブログとは、一言で説明すれば「日記」のことです。その日にあったこと、感じたことなどを記すものですが、 他人の日記を見て何が楽しいのでしょうか。他人の日記というのは、盗み見るから楽しいのであって、 おおっぴらにされた日記を見てもなんらワクワクしません。お気に入りのアイドルや、アーチスト、 またひいきにしている政治家などの日記でしたら多少ワクワクもしますが、そこらへんにいる知らないおばちゃんや、 おっさんの日記を見ても何ら感じません。 
  
 
 と、ここまでは批判なのですが、実はこの「法話もどきのひとり言」のコーナーもブログの様なものなんですねえ。日付が入っていますし、 コメントを書き込めませんが、替わりに掲示板がありますし、批判する文章ばかりが目立ちますが。誰が見ているのかわからないし、 誰か見ているひとがいるのかどうかわからないし、まして、わたしはジャニーズやモー娘みたいなアイドルでもないし。
 
 厳しい言い方をすれば、自己満足の産物なんですね、ブログっていうものは。何処何処へ行って楽しかった、何々に頭にきた、 などブログとして公開することですっきりしているんです。ですから、私も最初のブログに対する見識を改めましょう。いいじゃないですが、 素人が何を書いたって、誹謗中傷はちょっと問題ですが、言論の自由です(ちょっと言い過ぎですが)。 
 
 
 アイドルもすなるブログといふものを、素人もしてみんとてしましょう。