11月17日(水)、秋晴れに恵まれたこの日、
関東十八檀林のひとつであります鴻巣市勝願寺さまを会所に浄土宗大本山百萬遍知恩寺の大野忍敬大僧正台下をお迎えし、
御巡教が厳修されました。
埼玉県北地域の各寺院より、檀信徒、本宗教師、寺族等総勢160名を越す方々のご参加をいただきました。
大野忍敬大僧正台下および各随喜寺院による法要、ご詠唱、授与十念ののち、ありがたいご法話をいただきました。
参加者のみなさまは、この後、百萬遍知恩寺よりお借りした大数珠を用いて、百萬遍知恩寺数珠繰り和讃の調べにのせて、
お念仏をお称えしながらの大数珠繰りを体験されました。大数珠のところどころにある大珠がまわってくると、額に当て、
阿弥陀さまとのよき結縁を感じられておりました。
【百万遍知恩寺】
浄土宗七大本山の一つ。長徳山功徳院(ちょうとくざんくどくいん)と号し、百万遍(ひゃくまんべん)と通称します。
知恩寺と称される以前は加茂の河原屋などといわれたこともあり、法然上人の弟子源智上人が興隆しました。後醍醐天皇の代、
七日間の百万遍念仏を厳修して、疫病をとどめたため、百万遍の寺号を賜わり、そのため、通称百万遍知恩寺、略して百山
(ひゃくさん)と呼ばれており、大数珠繰が有名です。また、重要文化財も多く存在しています。
【勝願寺】
東京芝増上寺や鎌倉光明寺とならび浄土宗関東十八檀林の一つに数えられる浄土宗第三祖良忠上人開山の名刹です。
檀林とは栴檀林(せんだんりん)のことで、寺院の美称が本来の意味ですが、室町時代の末ごろから、
教学を学ぶ場所を檀林と称すようになり(現在で言う大学のようなもの)、談林(法門の談義を行う学林)とも言われておりました。
徳川家康が帰依し、
浄土宗の関東十八檀林の1ヶ寺となった同寺には馬室などに領地を与えられた牧野氏や関東郡代として治水工事や検地などに腕を振った伊奈忠次の墓があります。
また、鴻巣を開発した小池氏、鴻巣宿が生んだ県下屈指の俳人横田柳几や、「武蔵志」を著した知識人福島東雄、
信州上田城主真田信之に嫁した小松姫、戦国武将仙石秀久などゆかりの寺でもあります。
【御詠唱】
詠唱とは浄土宗の新しい言葉でありますが、その中には、ご詠歌、和讃、舞が含まれます。
御詠歌とは、五七五七七の三十一文字の和歌に曲をつけたもので、
主に浄土宗をお開きになった法然上人の御作に節を付けてお唱えいたしますが、お念仏の教えを説かれ導いた高僧のお歌もお唱えしております。
和讃とは、浄土宗の年中行事、例えば御忌・お十夜・お彼岸等の行事の意味をあきらかにし、その法要に参加するために作られたものであり、
さらには、昔から伝えられ、現在も唱えられている和讃、例えば来迎和讃・いろは和讃等、近年は、一般公募のものもあります。
この御詠歌・和讃に、振り付けを加えたもので舞(洋舞・日本舞)というものがあります。いずれも、歌の心を動作の上に表現して、
自分自身が身体全体で仏を賛美し、供養する喜びを表すものです。
【吉水流詠唱】
戦後の混乱期に浄土宗諸師により発足したのが吉水流詠唱の法会です。吉水講の吉水とは、
法然上人が当時住したあたりが吉水ということから由来しております。
吉水流詠唱は、「お念仏の助業」であり、お念仏をお唱えするということは、阿弥陀仏に帰依し、全てをお任せするということであります。
このお念仏、「称名正行」は阿弥陀仏の浄土へ往生する五種の行の一つであります。
五種正行とは
一、 読誦正行 ― お経を読むこと
二、 観察正行 ― 仏や浄土の姿を心に想い描くこと
三、 礼拝正行 ― 仏を礼拝すること
四、 称名正行 ― 仏の御名を称えること
五、 讃歎正行 ― 仏を讃えること
であります。この五つの中で「称名正行」は阿弥陀仏の本願にかなった行いとして「正定の業」とし、他の四つは「称名正行」
へ導く為の行としてあることから「助業」とされております。吉水流詠唱はこの助業であるのです。助業に励むことが、称名の喜びとなり、
称名すれば、おのずから助業が整ってくるといえます。そのため、詠唱をすることにより、自ら称名正行となり、
念仏は詠唱の喜びを助けてくれるものとなります。
御詠歌とは、詠唱をすることによって、お念佛が心からお唱えやすくなる事を目的としてつくられたものです。つまり、
阿弥陀様にすべてお任せして、阿弥陀様の本願を深く信じて、
阿弥陀様の西方極楽浄土に往生するための手段となるお念佛をお唱えできる私に導いていただくための詠唱です。
詠唱を通じて「ただ一向に念仏すべし」とのみ心を有り難くお受けしましょう。