2005年04月25日

●「新潟県長岡市生福寺檀信徒さま40名参詣」

 

 

 

2005年04月24日

●「総会デビュー」

 本日24日、夕方5時半よりさいたま市ソニックシティの一室にて、埼玉教区浄土宗青年会総会が執り行われ、それに出席してきました。

 
 
 当然ながら、初めての出席です。出ようかと考えていたのですが、出欠はがきを返送し忘れて、まあ仕方ないかと考えていたところ、前日に、 これまた浄青会長さんから直々にお電話いただき、出席する運びとなりました。うーん、何も言われなければ何もしないが、 請われると引き受けてしまうという私の性格をよく理解していらっしゃる。なぜ、ばれたのか?また、D龍寺のM島上人からであろうか? そういう彼は欠席・・・。
 で、今年度から編集委員(HP担当)になったのであるから、出席するのは当然といえば当然のこと。むしろ、 出欠はがきを返送しない当方の方に非があるのは明らかで、失礼なことしてしまって申し訳ない限りです。

 
 HPの方は、5月の編集委員会の前にH台寺I崎上人とT源寺O野見上人との3人で事前話し合いをする予定です。 ぶっつけでこれはこうやって、あれはあーやって、などと適当にガンガン決めてしまう私と違い、ご両名とも真面目なかたですので、 HPに関しては問題なくことが運ぶことでしょう、いや、彼らが運んでくれることでしょう。そう、私はご意見番。手は出さず、 口は出すご意見番。あの人、もういらないなどと言われぬよう気をつけます。
 
 
 総会に続いて行われた懇親会では、HPに関して多くの方々の多くのご意見・ご要望を伺いました。今回、 ご都合がつかず参加されなかった会員の皆さんからも多くご意見を承りたいと考えております。例えば、 HPで寺院紹介をするから取材させて下さいなどと押しかけることもあるかもしれません。編集委員に急襲されて困るという方は、どーぞご意見・ ご要望、また自坊の紹介文などをお寄せ下さい。そうしないと、私がいきなり行っちゃいますよぉ†。

2005年04月19日

●「野の仏」

この頃、さっぱり釣りは駄目ですと、こうせつ君が言う
昔はこんな大物をと、両手を拡げて
野の仏、笑ったような笑わぬような
 
 
ここには野鳥がいっぱいいるんですよと、こうせつ君が言う
ほらほら浮きにあたりがきてるよと、教えてあげたいけど
野の仏、笑ったような笑わぬような
 
 
ぽっかり浮かんだ根無し人生ですよと、こうせつ君が言う
彼はずっと喋ってるんだね、ほら魚が逃げちゃうよ
野の仏、笑ったような笑わぬような
 
 
フナの病気が進んでいるんですよと、こうせつ君が言う
昔のフナは健康でしたねと、寂しそうな顔をして
野の仏、笑ったような笑わぬような
 
 
僕は野の仏になるんですよと、こうせつ君が言う
だけどこんなイイ男ではと、あごなどを撫でながら
野の仏、今度は確かに笑いました
野の仏、今度は確かに笑いました


  この歌は、 皆さんご存じと思いますがフォーク界の重鎮吉田拓郎が1973年に発表したアルバム「LIVE’73」に収められている1曲 「野の仏」です。これまた皆さんご存じと思われますフォークグループかぐや姫の一人南こせつのことです。彼らは、 当時群馬県嬬恋村などで夜通し合同ライブを行うなど親交の深い間柄でした。それ故、このような歌ができたのでしょう。

 反戦的な歌を歌うなどして問題視されたこともある吉田拓郎ですが、「結婚しようよ」、「夏休み」 など私たちの記憶に残る数多くの歌を世に送り出した彼の根本の考えは、このようなのびのびと、のほほんとしたものであるような気がします。


 今回、昔のレコードなどを整理していた際に吉田拓郎の多くのアルバムがでてきたため、昔はよく何回も聴いていたんだと懐かしく感じました。 機会がございましたら、皆さんも是非お聴きになってみて下さい。
 

2005年04月18日

●「寺庭婦人若葉研修会2 講義 」

 少し間が開いてしまいましたが、先日ご報告させていただいた寺庭婦人若葉研修会の続きとして、 講義内容を中心にご報告させていただきます。

 講義は、斉藤舜健先生による「浄土宗の教え」、西山精司先生による「浄土宗のおつとめ」、 そして小坂井淳弘先生による「仏教聖歌」の3つでした。

 「浄土宗の教え」では、仏教が何を目指す宗教なのかをお釈迦さまが悟りを啓かれるに至ったその過程を学ぶことで理解し、 また仏教における浄土宗の位置づけと開祖法然上人の生涯、教えを理解することを目指した講義でした。 
 
 仏教は、仏によって説かれた教え(仏説)によって、同じ仏になること(成仏)ができるという点で創造主を持つ宗教とは異なること、 不可避の苦しみ(四苦八苦、一切皆苦)がある現状や、諸行無常・ 諸法無我という事実から逃れて涅槃寂静という目的に達するにはどうすればよいのかを説くのが仏説であり、 その方法論ともいえる仏説の解釈が各仏教、各宗で異なるということ、そして、浄土宗は浄土三部経を所依としていて、その教えは高祖善導大師 (法然上人が”偏依善導一師”と仰がれた)、宗祖法然上人のお経の解釈に基づいて(決して個人崇拝ではない)、 念仏をお唱えすることによって往生できると解釈なさったことや、そこに辿り着くまでの法然上人の生涯など、 当然のことながら書ききることは出来ませんが、いろいろなことを学びました。(私の理解が間違っていないことを願うばかりです。)  
 
 
  日頃、主人から教わりながら少しずつ勉強してはいたのですが、このように集中して講義を受けたのは初めてでしたので、 何となくではありますが(情けないのですが)、仏教や浄土宗について大枠で理解できたように思います。とても奥の深いものなので、 「理解できた!!」と言えるようになる自信はあまり無いのですが、今後少しでもそれに近づけるよう努力したいと思います。


* 文章 副住職副住職寺庭
 
 

2005年04月17日

●「入間市立東町公民館の皆さん参詣」

 

 

 

●「和解」

 一連の騒動、某IT企業と某テレビ局、どうやら和解へと交渉が進んでいるようです。 お寺の人間として損得勘定をするのいただけないことですが、ここは俗っぽく、いったい得をしたのはどちらなのでしょう。現時点でみると、 嫌いな人ランキングの上位に入ってしまった社長のいる某IT企業のほうが、イメージダウンという点で損したのでしょうか。 それとも報道の公共性を語っておきながらもその現実はテレビというメディアが創造性や文化的な価値を失いつつあることを曝かれてしまった某テレビ局がわれわれ視聴者を白けさせてしまった点で損でしょうか。 、

 いずれにせよ、向上のためにはドライな立場をとる若い世代と昔ながらの因習にこだわる(それが悪いとは思いませんが) 年配の世代の物の考え方が違うということがわかり、その意味に置いてはいろいろと考えさせられることの多い出来事であったと思います。

2005年04月09日

●「増上寺 御忌」

 先日4月4日、浄土宗大本山の増上寺にての御忌に参加して参りました。と言いましても、 夕方から通夜の予定が入っていたため、午前中のみの参加、いや正確には参加はしていないで、単なるひとりの客としての立場でした。 詳しくは、詠唱奉納に参加しました家内が後日報告致します。

 ちなみに、御忌(ぎょき)とは、浄土宗の宗祖法然上人の忌日法要のことをいいます。
  
 4月2日から7日までの6日間に渡り、以下のような日程で行われました。
 
    4月2日 開白 献茶式
    4月3・4日 御忌詠唱奉納大会
    4月5日 晨朝法要、日中法要、尊宿会
    4月6日 一宗法要、日中法要、百萬霊回向大施餓鬼会
    4月7日 降誕会、日中法要、結願 
 
  私はこのうちの詠唱奉納に参列しました。各教区の教師・寺庭の組や、各支部(各寺院) 檀信徒のみなさんごとなど、総勢千人を超す多くの方々が御詠歌・御和讃・舞などを奉納されました。

 期間中は、徳川将軍家墓所の特別公開や、経蔵の公開なども行われました。詳しくは下記アドレス(増上寺HP)をご覧下さい。
 


 
http://www.zojoji.or.jp/event/ev_gyokidaie.html

2005年04月05日

●「寺庭です!! お勉強に行って来ました。 寺庭婦人若葉研修会 」

 お檀家の皆さま、いつも主人がお世話になっております。副住職の家内でございます。

 先日、3月28日から30日までの3日間、京都知恩院にて「浄土宗寺庭婦人若葉研修会」が開かれました。 ご縁あって参加しましたので、そのご報告をさせていただきます。
 寺庭(じてい)婦人とは僧侶の妻のことで、 なぜそう呼ぶのかというと・・・というのは次回以降に譲るとしまして(調べておきます(^_^;))、 基本的に新婚ホヤホヤの寺庭婦人(若葉)を対象とした研修会です。「若葉」 というには少し葉脈が浮き上がりつつあるなと自覚しつつある今日この頃ですが、各教区(各県ごと)2名の募集に運良く、 いえいえ阿弥陀さまのおかげで、先着順で間に合い、参加することとなりました。 
 
 
 全国から40名を越える”若葉”が集まり、2泊3日の日程で浄土宗の教えや法式・勤行の作法、法要音楽等の講義を受け、 朝のお勤めと班ごとの話し合い(班別法座)が行われました。
 限られた時間の中での盛り沢山なスケジュールのため、2日目などは10時間近く断続的に正座をするはめになり、 日頃正座には慣れている皆さんでしたが、あちらこちらで足を伸ばすときの悲鳴ともため息ともつかない「うぅぅぅぅー」 という声が聞かれました。特に私にとっては、最初の班別オリエンテーションでジャンケンに負けて(13分の1の確率)、班長を仰せつけられ、 その班が第1班であったため、行道(*1)の先頭になり、帰敬式(*2)では「請願の文」を読み上げることとなり、「まずい!」 と思いましたが、そういったことで声を掛けていただく機会も多く(皆さん優しい心使いの方々なのです!)、思い出深いものとなりました。
 詳しいことはまた後日報告させていただきたいと思います。
 
 
 戻って参りますと、出かけるときは咲いていなかった玄関脇のレンギョウの花が満開となっていました。たった3日間の”修行”でしたが、 確実に重ねた日々だったのだなと思います。
 参加者の皆さん、お世話下さった知恩院や教学局の皆さまに感謝いたします。また、ご縁があること願っております。

 
*足のシビレを我慢して講義に集中する皆さん 
  
*1 行道 ・・・   朝のお勤めに行くときや食事に行くときなど移動の際、一列に並んで合掌をし、 お念仏を称えながら歩くこと。
*2 帰敬式・・・  「仏弟子になりました」というセレモニー。
 
 

* 文章 副住職副住職寺庭

 


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2005年04月03日

●「お花見ウォーキング」

 本日、JR東日本主催の「お花見ウォーキング」が開催されました。昨年に続いて第2回となります。 残念ながら、お花見というには寂しい2分咲きの桜祭りとなってしまいました。 当寺境内の源平桜もつぼみから花びらがわずかに顔を出した程度で、まだほとんど咲いていない状態でしたが、 普段開門していないといったこともあってでしょうか、多くの方々が訪れました。 
 
 あいにく、開門時間が法事と重なってしまいましたため、本堂をご覧いただくことはご遠慮していただき、 せっかくの来寺でしたが申し訳ございませんでした。それでも、心配していた空模様も終了時間まで保ちました。 ひとえに阿弥陀さまのおかげと感じております。また、ご来寺いただいた皆さまは、桜の代わりといっては何ですが、 現在満開状態の桃の花を鑑賞されたり、蓮生法師廟をご参詣されたり、本堂前に鎮座してあります鐘楼の前で記念写真を撮られるなど、 春のひとときをご感じになられたことと思います。  
 
 今回ご参加された皆さまに、阿弥陀様とのご縁がございましたことお慶び申し上げます。また、受付・ 案内等をしていただいた当寺写経の会のみなさま、その他関係のみなさまには感謝申し上げます。

2005年04月01日

●「京都知恩院」

 浄土宗の総本山、 知恩院は浄土宗の開祖法然上人が30有余年にわたって念仏の教えを説かれた京都東山の地「吉水の草庵」に始まります。

 法然上人滅後23年、文暦2年(1234)弟子の勢観房源智上人が報恩のために伽藍を建立し、四条天皇より「華頂山知恩教院大谷寺」 の寺号を賜り、法然上人の御廟、念仏の根本道場の基礎が築かれました。 


 
 現在の寺観は江戸時代になって、浄土宗の教えに帰依した徳川家によって整えられたもので、 大小106棟の建物からなっています。室町時代にかかる諸堂最古の勢至堂や、 日本現存の木造建築の門の中で最大の規模をもつ三門をはじめ、経蔵、御影堂、大方丈、小方丈、勅使門、大鐘楼、集会堂、大庫裡・ 小庫裡などはいずれも重要文化財となっています。