2005年09月30日

●「粟生野光明寺」

 本日9月30日、西山浄土宗総本山粟生野光明寺のみなさまがご来寺されました。
 
 
 光明寺は、長岡京市西山のふもと、粟生広谷にあり、開山法然上人、開基熊谷蓮生法師とされています。 光明寺では平成19年に蓮生法師800年遠忌法要を計画されています。当寺の800年遠忌法要が平成18年であるのと違うぞ、 と思われる方もいらっしゃると思います。『法然上人行状絵図(四十八巻伝)』では、 蓮生法師は武州熊谷の地にて予告往生を遂げたとされているのに対して、『吾妻鏡』では、この翌年に京へ上り、 往生を遂げたと記されています。当寺は前者の説えをとり、光明寺は後者の説をとりました。それ故、 1年のずれが生じているわけです。
 
 いずれにしても、800年のうちの1年にそれほどの大きな意味があるでしょうか? 法然上人とともに蓮生法師が広めた念仏の教えの前においては1年のことなどどうでもいいような気さえします。むしろ、 光明寺と当寺との両方で800年大遠忌法要に参加できる、千載一遇のチャンスを2度も経験できる、と喜ばしいことではないでしょうか。
 わたしは、恥ずかしながらこの光明寺にお伺いしたことがありません。当寺の大遠忌前に是非とも参詣させていただきたいと思っております。

2005年09月04日

●「布教とは」

 本日、本宗布教師の谷崎隆光先生が、当寺院へお立ち寄りになりました。この日、 午後から深谷市の東源寺さんで施餓鬼法要が予定されており、そこでご法話下さるため、遠路金沢よりいらっしゃいました。 時間まえにお立ち寄りいただいたというわけです。
 あいにく、法要が続いており、住職の手が空かなかったもので、私副住職が失礼ながらもご案内させていただきました。 掃除や整備の行き届いてない状態で、本当に申し訳なく思っております。
 
 午後からは、私も東源寺さんでのご法話を聞かせていただきました。「我(が)」というものについて中心にお話しされました。
 簡単にお話ししますと、十悪五逆という罪はすべて「我」からおこるものである、「我」の字を2つに分けると、「手(て)」と「戈(ほこ、 人を傷つける道具)」という字になり、「我」を張るということは戈を手に持ち人を傷つけることである。年をとればとるほど「我」は強くなり、 自分中心の自分本位の考えしか出来なくなってしまう。こういったことを話されました。

 今一度自分を見直すことが大切であり、一生懸命勉強して色々なことを学んでも、自分にはまだ知らないことがたくさんある、 ということを自覚すべきであり、自分が正しいと思っていたことは実は他人にとっては間違いではないのか、 など客観的に自分を知ることが大切なことなのだと改めて考えさせられました。宗祖法然上人のお言葉でこういったものがあります。

 「われは最愚の法然なり」

比叡山一の勉学家であった法然上人でさえ、「まだまだ知らないことや出来ないことがたくさんある、愚かな人間です」 と自分のことをおっしゃっているのです。


 谷崎先生のご法話をお聞きしたのは2回目ですが、今回も聞いて良かったと感じました。偉そうなことを言いますが、 題材としては特別難しいことや専門的なことではなく、誰にでもなじみのあることで、それでいて新鮮でハッとさせられる内容なのです。 もちろん大切な事柄もお話しされているのです。
 私としては、こういったお話しをすることができたらと思っています。谷崎先生のお話に比べれば、私の法事のときの法話などは、 稚拙で要領を得ず、難しいことを言おうとしてしまい、結果的にお檀家さまには訳がわからないで終わってしまっているのではないのか、 などと心配してしまいます。

 私としましても、これからいっそう、より簡潔にわかりやすく簡単に、そして短めに(?)、 といろいろと考えてお話ししていきたいと思っております。「いい話だったぁ」と言われるよう、がんばっていきたいと思っておりますので、 どうか長い目でお見守りいただけると助かります。m(..)m