2006年03月20日

●「iPodのある生活」

 先月、AppleのiPodを買った。30GBのハードディスクを持つ第5世代版である。音楽、写真はもとよりビデオも見られる。 なんか嬉しい。
 
 で、音楽はどこから集めているかというと、高校時代からの数々のアナログレコードの取り込み、は面倒くさくて途中で挫折。もっぱら、 私が契約しているCS放送の音楽番組からである。RDで録画し、データをパソコンにMPEG2で転送、ここまでは何の問題もない。が、 問題はここからだ。音楽データ(wavやmp3)でなく、動画データ(mpeg2)である点である。そこで登場するのが以下のソフト。

「Pettit Decoco」
「Sound Engine Free」
 
 いづれもフリーソフト。「Pettit Decoco」は動画データから音声部分のみを抽出し、wavファイルで保存してくれる。そして、 「Sound Engine Free」はそのwavファイルを編集するソフトである。編集と言っても難しいものではなく、 1本の長いwavファイルに曲の切れ目(変わり目)ごとにマークを入れるだけである。 これで後は勝手にマークごとに分割してくれたwavファイルを作成してくれるのだ。
 そして、そのwavファイルを一遍に「Pettit Decoco」に放り込み、mp3で保存と指定してやれば、あ†ら簡単、 沢山のmp3ファイルのできあがりぃ†!
 あとはiPod付属のiTunesで転送すればライブラリの出来上がりである。
 
 今日もまた、70年代、80年代のニューミュージック(死語?)をかき集めるサルと化すのである。

追録:「Sound Engine Free」については、数年前に「PC無間地獄」にて紹介していましたねぇ。忘れてました。
 ちなみに「Sound it!」という市販ソフトも切れ味鋭いですよ。お試し下さい。

 

2006年03月16日

●「お彼岸」

 もうじきお彼岸ですね。もうお墓参りの予定をお立てになっていますでしょうか?
 
 ところで、「お彼岸」って何なのでしょうか?今では以外とご存じの方は多くないのでしょうね。お参りに行く日のこと、とのみ覚えていて、 そのいわれや、何故お彼岸にお墓参りに行くのか、そこまでご存じの方は残念ながら少なくなってしまっているようです。

 お彼岸、つまり”彼岸”という言葉そのものの意味は”あちら側”ということです。これと対する言葉は”此岸”、つまり”こっち側”です。 仏教では”こちら側”は貪・ジン・痴の満ちている迷いの世界であり、”あちら側”はこれらの迷いを断ち、悟りを得た世界としています。 いま我々が生きている場所は、様々な誘惑などであふれており、亡くなられた方々は阿弥陀様の功徳によって、 迷いや悩みから離れた悟りの世界である”彼岸”に往生するわけです。

 では、何故お彼岸にお参りをするのでしょうか?お彼岸とは春分の日を中日とした前後の七日間のことをいいます。この中日には、 太陽の沈む方角が真西になるため、この頃に先祖を供養すれば、みんな浄土に行くことができるという考えられています。こういった考えから、 お彼岸に供養するという習慣ができたのです。

 われわれ人間はひとりでは生きていけないものです。小さいときは親に世話をしてもらい、年をとれば子供の世話になる。また、 自分も親や子供の世話をしていくものす。少なからず、自分以外の人と関わり合いながら生きていくのです。いうまでもなく、 ご先祖がいなければわれわれは今こうして生きていることはないわけです。その恩を感謝する気持ちを持って、 浄土にて健やかに過ごされますようにと供養することが大切なのです。

2006年03月04日

●「寶積山大龍寺」

 大龍寺は熊谷市(旧妻沼町)葛和田の中心に位置する浄土宗寺院である。

 開山は徳川家康並びに秀忠公の帰依がことの外厚かった演蓮社智誉幡随意上人で、開基は成田氏の家臣島田采女正、慶長10年 (1605)開創である。家光公より御朱印20石を賜るとともに歴代将軍の外護持も厚かったが、明暦3年に暴風のため本堂は大破し、 寛文6年に改築するも、文久3年に雷火のため本堂、庫裏、鐘楼等一塵に帰してしまった。現本堂は昭和33年に再築せしもので、 平成17年秋に開創400年を記念し改築を施し、記念法要を奉修した。御本尊は、円後背に線光を施した阿弥陀如来像である。


 境内には、本堂、山門、庫裡、鐘楼、不動堂、薬師堂、命体堂、などがある。また、寺宝の三十三体観音像は文化財に指定されており、 総丈76センチメートルの逸品である。