2007年06月25日

●教師詠唱勉強会

 今日は浦和・正樹院さまをお借りして、第2回の教師詠唱勉強会が行われました。 月例勉強会の翌日の朝にも関わらずお集まりいただいた皆さま、本当にありがとうございます。皆さんにとっては簡単すぎるのかもしれませんが、 私にとってはとっても勉強になりました。

 でも、昨日の2時間、今日の1時間半、都合往復7時間200キロの行程はきつかった。毎度のことだが、 特に上尾に入ると渋滞にはまってしまう。どーにかならないんでしょうかねぇ・・・。

 

2007年06月08日

●増上寺布教師会の新叙任式

6月7日、先日お話しした増上寺布教師会の新叙任式に行ってきました。

大殿での法要の後、成田法主から直々に叙任証をいただき、たいへん緊張した式でした。叙任式の後は、 総会、そして翌日まで研修会とハードな2日間でした。
今まで知らなかったことですが、布教師会会員のみなさんは錚錚たるメンバーでして、この中の一人として果たしてやっていけるのか?いや、 がんばらなければイケナイ、そう感じ、更なる勉強をしなければと心に決めたのでした。

写真は、新叙任の記念品。袈裟と如意です。もったいなくてまだ開けてません。


 

 

 

 

2007年06月01日

●間違いを認める勇気

 いつからこうなってしまったのであろうか。人は生まれながらにしてわがままではなかったはずである。 幼いときは親や周囲の人々から怒られたり諌められたり、もちろん自分が悪い場合や、他人に迷惑をかけた場合であるが、素直に誤りを認め、 「ごめんなさい」と謝っていたはずである。

 それが、いつからこうなってしまったのであろうか。今も昔も、 何かをしでかした人たちはどうして心から謝ることをしないのでしょうか。事故や事件、いろいろなことが起こり、 その情報はテレビ等でリアルタイムでもたらされる。記者会見では、頭は下げるが足は組んだまま、遺憾との言葉は発するが、 心からの謝罪でないことは想像できる場合が多い。損害賠償など膨大な金銭の出費が伴うからであろうか。責任の所在は明らかにしない。 他人のせいのような発言、言い訳、こんなのばかりである。

 いつからこうなってしまったのであろうか。子供から大人へと歳を重ねていくにつれて、其の地位が高くなるにつれて、 人は謝ることを忘れていく。全員が全員そうであるというわけではない。そういう人たちが目立つだけかもしれない。大企業・ 中小企業に関わらず、謝ることをする会社は大成する。他人の意見に耳を貸し、自らに誤りある場合はそれを認めて、修正していくからである。 このことは何も企業に限ったものではない。人と人との付き合いの中でも常に意識すべきことであろう。

 そういう私も、いつからこうなってしまったのであろうか。我を張って、過ちを認めないことがある。他人のせいにすることがある。 後味がとても悪いのは言うまでもない。

 謝ることの大切さを知って欲しい。謝ることの勇気を持って欲しい。