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2007年11月11日

●「直実の寺と鉄の門」

 このタイトルにあれっと感じた方はいらっしゃるでしょうか。本日付けの読売新聞紙埼玉北地域版に掲載された「彩の栞」 というコラムです。

 このコラム、何を訴えたいのかといいますと、 「今月3日に当寺に参詣でいらしたときに墓所の前の鉄門が開いていなかったことにショックを受けた」ということなのです。 その理由は御覧いただければわかりますが、この方、これまでの当寺と熊谷市との諸々のことをご存じないのかも知れません。 熊谷空襲の後のこと、境内一般公園化計画の反故、最近では、一般公開の際に御本尊・本堂内を隈無く撮影し、 それを資料に講演までされる方(当寺には断り無く、厨子の封を破ってまでして撮影されました)、数え上げれば切りがありません。 それでも一般開放すべきであると言われたら、その場合は熊谷市で管理していただき、その費用も熊谷市に拠出していただくしかありません。

 この方、こう文章を終えています。

「せっかく訪れた人を門前で突き放すような立ち入り禁止の立て札はいただけない。直実は、熊谷市のシンボル。 市のイメージダウンになりかねない。」と。

 当日、掲示板にその旨について詳しい掲示がされていなかったことは当寺の不備にて陳謝いたします。
 「直実は熊谷のシンボル」、それは結構なことです。異論はございません。ですが、当寺が一般開放するしないかが、 熊谷市のイメージを左右するとはどうしても思えないのです。なぜなら、この熊谷寺は直実の寺ではなく、 蓮生法師の開かれたお寺なのだからです。

 なぜ、「直実」ではなく、「蓮生」なのか。それを是非お考えいただけたらと思います。