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2007年11月10日

●「直実ではなく、蓮生」

 昨今、日本では「サムライ」という言葉が流行っています。日本人は武士道の精神を思い起こすべきであるという論調が流行っています。 しかし、武士とは江戸時代でさえ、全人口の1割に満たなかったのです。ある文献によるとたった7%とも言われています。 このような僅かな数しかいなかったのに武士の心を思い出せというのも無理な話です。殆どがサムライではなかったのですから、 思い出しようも何もありません。
 それに、武士とはそんなにすばらしいものでしょうか。強きを挫き、弱きを助ける、主君のためなら命をも投げ出す、 そんな格好良くもて映やされていますが、実際の武士は違います。所領の安堵のため、地位・名誉のため、戦さでは多くの敵兵を薙ぎ倒し、 ときには親兄弟までをもその手に掛け、多くの命を摘み取るのが武士なのです。

 熊谷直実もこのひとりでしたが、彼は武士としての道を突き進むことを選ばず、有縁無縁の衆生と共に蓮の上に生まれる道を選び、 法然上人の門をたたいたのです。
 歌舞伎「熊谷陣屋」の段の最終幕で、僧形で去っていく姿があります。熊谷さんが最後に選んだ道は、所領・地位・ 名誉を守る騎馬に乗る剛々しい鎧姿の武士ではなく、心を守る、心の安住を求める墨染めの衣をまとった念仏行者であったのです。

 関西の方では、熊谷さんというと熊谷直実ではなく、熊谷蓮生と出てきます。ところが、寂しい話です。 ここ関東の地では熊谷直実公とは知っていても、熊谷蓮生法師という名はあまり知られておりません。熊谷でもそうなんです。事実、 熊谷駅前にある銅像も騎馬に乗る武者姿の熊谷直実公の姿をしております。市役所や観光協会の方達が、この熊谷寺を、熊谷直実を観光の目玉に、 などということをよく言って来られますが、この駅前の銅像を「逆さ馬」の銅像にしたほうがよっぽどインパクトがあって、話の種になり、 注目されると思いますが、どうでしょうか?


 先日、とある雑誌でこういったことを語っている方を見ました。

「熊谷直実さんの卓越した兵法(戦の仕方、攻め方などです)、これは現代でも十分通用する、これを見直していきたい、 この戦術は優れたものであって、大いに評価すべきだ、注目すべきだ」、

こう語られているのを見ました。

 私は、愕然としてしまいました。熊谷さんが願ったものは何なのか?私たちに戦争の仕方、兵法を残して、 もっと戦争をしろと願ったんでしょうか?もっと人を殺せと願ったんでしょうか?
 そんなことはありません。熊谷さんが願ったことは、共に浄土の蓮の花の上に生まれるということ、心ならずも討ち取ってしまった敦盛卿、 また有縁無縁のすべての衆生、そういった人々と共にすばらしい西方浄土という世界に往生すること、そういうことを願ったのです。決して、 戦が上手かった、人殺しが上手だった、そんなことを後世の私たちに褒めてもらいたかったのではないのです。 共に阿弥陀さまの浄土へきてほしい、そう願ったのです。


 皆さんにお願いがございます。

熊谷さんて知ってる?と尋ねられて「ああ直実さんね、板東一の剛の者ね」と、こう答える方に対して、「違うよ、蓮生さんですよ。 有縁無縁の衆生と共に蓮の台(うてな)に生まれることを願った、そのために一所懸命念仏をお称えした方ですよ」 とこう訂正していただければと思っております。